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The East Flatbush Project
HipHop / 10/30 Uproar Records

1. The East Flatbush Project feat. Stress and D.O.X / Pre-Game 2005
2. The East Flatbush Project feat. Des / Tried by 12
3. The East Flatbush Project feat. PayDay / Madman's Dream

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East Flatbush Project


  シングル「Madman's Dream」(94年)でデビューしたイースト・フラットブッシュ・プロジェクトは、インディペンデント・レーベル「1030 Uproar」のCEO、スペンサーによってはじまった。
「イースト・フラットブッシュ・プロジェクト(以下EFP)は単なるアーティスト名ではなく、新人アーティストを世に送り出すためのプラットフォームみたいな存在なんだ。オレがプロダクションを担当し、そこに優れた才能を持つ無名のMCたちをフィーチュアしていく。各作品ごとに参加するMCが違うのもそのためなんだ。これがEFPの基本的なシステムなんだけど、核の部分はデビュー当時から一貫している。それはストレートなビートとライム。オレたちは常にハードコアなスタイルで通してきたんだ」

  スペンサー・べラミー。ブルックリン出身。彼の音楽キャリアは彼が9歳の頃、ハウィーTが主宰するDJクルー、カウント・ディスコでのDJ活動からはじまる。彼はブロック・パーティでのDJを通してアーティストたちとの交流を広め、90年頃にはプロダクションへと活動の方向性を傾斜。EFPでの活動と平行してメンフィス・ブリークや映画『Belly』のサウンドトラックに収録されたソース・マニー(ジェイZ、ジャズOが所属していたクルー)の“Pre-Game”など他アーティストへの楽曲提供なども行ってきた。


East Flatbush Project


  EFPの歴史は前出のシングル「Madman’s Dream」からスタートする。とあるパーティでDJプレミアと遭遇したスペンサーは刷り上ったばかりのこの自主制作盤をさっそく手渡す。当時、NYのFM局WBSLに『Thunder Storm』というレギュラー番組を持っていたプレミアはこのシングルをブラック・ムーンの“Murder MC’s“やモブ・ディープの“Shook Ones Pt.2”と共にプレイ。後日、日本来日時に彼が記した「トップ10」リストにもこの曲が入っていたのを記憶している。

  「Madman’s Dream」以降、EFPは「Tried By 12」(96年)「Everything We Spit Is Hard」(2000年)「Ruste Juxx」(2000年)「Head to Head」(2001年)をそれぞれリリースしている。なかでも「Tried By 12」はEFPの代名詞的な1曲だ。外国圏にはとても斬新な瑞々しい琴の音色とアル・グリーンのドラム・タップが見事に融合したオリエンタル・サウンドはリスナーへのインパクトもストレートだった。
「あの琴のレコードが日本の物だってことは知っていたよ。日本ではあの曲(「Tried By 12」)、流行ったのかい? あの琴の曲がそうであったように、それぞれの国を象徴する音源をサンプリングしたコンピレーション・アルバムを1枚作りたいと考えているんだ」
 「Tried By 12」は「1030 Uproar」からオリジナル盤がリリースされた後、その2年後にイギリスのレーベル「Ninja Tune」からリミックス・ヴァージョンなど計12曲を含むEP盤がリリースされることになった。
 「あの曲が制作面でプレッシャーになっているかって? ノーだよ。あの曲はそれまでEFPを知る機会のなかった人々にまでその存在を届ける結果になった。今もEFPを形容する際にあの曲が挙げられることについては光栄だと感じているし、過去の作品でも正当な評価を受けたことについては嬉しく思っているよ」


East Flatbush Project


  現在スペンサーはニュージャージーのイースト・オレンジに住むソロMC、ストレス、D.O.X(さらにここにフェロン、スプリモというMCもフィーチュアされるという)と共に年内リリース予定のEFPのアルバムを制作している。
「彼らの存在はプロデューサーのニードルズを通して知ったんだ。初めて彼らの音楽を聴いたとき、オレは一瞬にしてその虜になっちまったよ(笑) コイツらすごくハングリーだ、ってね」

  アルバムはこのふたりを中心に、「Tried By 12」以外はすべて新曲で構成されるという。デビュー・シングル「Madman’s Dream」から12年の時を経てリリースされるEFPの初アルバム。すでにカウントダウンははじまっている。

インタビュー / テキスト / イメージ
KEN




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Supa Lowery Bros.
Jazz / Hip Hop / Soul

1. Supa Lowery Bros. / Fur Live
2. Supa Lowery Bros. / Sunset
3. Supa Lowery Bros. feat. Kaz Da Black / Hopeless

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Supa Lowery Bros.


  スーパー・ロウリー・ブラザーズはトランペッターのクリス・ロウリー、ドラマーのウェスリー・ロウリーの兄弟が大学時代に組織したジャズ・チームだ。

  ふたりは地元にある「Tony Williams Youth Jazz & Performing Arts」で音楽トレーニングをはじめる。ジャズ・ドラマーであった父トーマス・ウェスリーの影響もあり、ふたりのジャズに対する興味は年少の頃から芽生えていたという。のちに進学する「High School of Creative and Performing Arts」では自身のキャリアの追及に必要となるスキルの育成に励み、卒業後、兄クリスは「Delaware State University」へ入学。ドナルド・バードの下で3年を過ごし、その後、弟ウェスが通うニューヨークの「Long Island University」へ編入。ここでふたりはジャズ学を学び学位を取得する。当時スクールメイトであったアルトフォンのクワミ・ホール、ベースのアーロン・バンプスと共にスーパー・ロウリー・ブラザースを結成したのもこの頃だ。

  活動をはじめるとすぐ彼らはブルックリンにあるライヴ・スポット「5 Spot」で隔週の定期演奏枠をおさえる。「オレたちにとってあそこは特別な場所なんだ。マディソンスクエアガーデンのプレイベート・パーティで何千という客を前に演奏したことより遥かに記憶に残る場所だよ。アルバムを制作したのもちょうどあの頃だったし、自分たちのキャリアのなかであの時期はとても重要だった」。


Supa lowery Bros.


  2004年と2005年に彼らはアルバム『Supa Lowery Bros.Vol.1』および『Vol.2』を自主で制作している。完成したアルバムは各演奏会場へと持ち込まれ、これまでに2万枚のCDが売られていった。僕たち一般が比較的イメージしやすい「ジャズ」のマナーに沿った『Vol.1』、それに対し『Vol.2』はやや古典的な作風であった前作に比べるとモダンな音の描写が多く感じられる。つまり、クリス本人が言うように両作品はお互いが反射し合う作りになっているのだ。

  自身の音楽性について彼らはそれを単にジャズと限定せず、特定のジャンルやイメージを超越したその先にある「音楽」と表現する。自らの音楽スタイルをメンバーのウェスは「ストリート・バップ」と喩える。 「ライヴをスタートしてしばらくすると、オレたちの演っている音楽について皆が訊いてくるようになった。聴いてもらえばわかるとおり、そこにはヒップホップやR&Bの楽曲もあるし、あえてジャズと捉えてみても…古典的なジャズ一辺倒って感じでもない。で、出た答えがストリート・バップさ」
 彼らの音楽に最も影響を与えているのはフィラデルフィアという豊かな音楽的環境だとクリスは付け加える。「フィリーに来て実際あそこでアーティストたちが演奏している音楽を聴けば一目瞭然だよ。あそこには多くのミュージシャンがいて、皆がオリジナルを創り出している。いくつかのライヴハウスをまわってみれば、そこには他で聴くことのできない個性的な音楽があふれていると気づくはずだよ。あの環境で育ち見聞きしていれば、それは自然に自分たちの音楽の血、骨となるんだ」


Supa lowery Bros.


  これまでにグローバー・ワシントン・JR.、ミュージック・ソウルチャイルド、ビラルの作品やステージでその才能を共有してきた経験をもつ彼らだが、ソロ・アーティストとしてのキャリアもすでにはじまっている。トランペッターのクリスは現在制作中のラテン・ポップ・スター、シャキーラのアルバムやヒップホップ・スター、ワイクリフ・ジーンのツアーにバンド・メンバーのひとりとして参加している。ドラマーのウェスはそのリズム感をアナログからデジタルへ変換、打ち込み主体のトラック制作をスタートさせ自身の可能性をさらに拡大させている。

  ジャズに精通していない筆者でも彼らの音楽には抵抗なしに入り込むことができる。それは彼らが「ジャンルやイメージを超越したその先にある音楽」を具現化したことでアーティストと聴き手側が同じ領域内で「音楽」を共有できた結果だと感じている。作り手と聴き手側双方の周波数の一致、そこには言葉にできない感動、喜びが存在する。広大な想像力と感性で聴き手側各々が彼らの音楽に楽しみを見出すことができればと願っている。

インタビュー / テキスト / イメージ
KEN


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