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SonnyBoy





「僕の作る音楽は多様な方向から生まれている。心の奥底から生まれた音楽にはカテゴリーやディレクションなんて存在しない。感じたままのかたちなんだ」

ソニー・ボーイ。ルイジアナ州モンロー生まれ。父親はソウル、ブルースを愛するDJだった。自宅ではスライ・ストーン、マーヴィン・ゲイ、ジェイムス・ブラウン、BBキング、リック・ジェイムスのレコードが絶え間なく流れ、彼はそれらの曲を何度も繰り返し聴くことで音楽の外形を覚えていった。 日曜の教会でオルガン、ドラムをプレイし、後に進学したミルウォーキーのハイスクールで本格的な楽器演奏を習得すると地元で活動する複数のバンドにキーボードで参加した。
やがて彼はインディペンデント・レーベル「アートフォーム・エンターテインメント」を設立。作詞/作曲、楽器演奏、レコーディング、ミックスのすべてを自身で行った『Afro Soul』(1995)、『Love Child』(2001)、『Urban Misfit』(2003)をリリース。今年8月には4作目のアルバム『Psycho-Delic-Ghetto-Vibe』(2005)がディストリビューションを通して世界発売される。
アルバムからのシングル「Josephine Brown」は実在するある10代の少女について書かれた曲だという。
「彼女は僕のブロックの近くに住んでいた娘なんだ。まだ18、19なのにそこに住んでいる他の誰とも違っていた。彼女の服装は他の誰とも違っていたし、いろんな音楽を聴いていた。僕はそれをクールだと思ったよ。自分自身というものを持っているところに彼女の魅力を感じたんだ」





1. Sunnyboy / It don't Matter
2. Sunnyboy / Josephine Brown
3. Sunnyboy / Lady


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9th Wonder Revives the Crooklyn Dodgers






9thワンダーが8月に予定しているソロ・アルバム『The Dream Merchant』。この先行シングルとして彼が計画しているのがあの「Crooklyn Dodgers」の2006年版。フィーチュアリング・アーティストはモス・デフ、ジーン・グレイ、メンフィス・ブリークの3人。さらにあのDJプレミアがスクラッチで参加するという内容。
「クルックリン」とはニューヨーク・シティを形成する5区のひとつ「ブルックリン」の別称であり、94年にはフィルム監督スパイク・リーが『Crooklyn』という作品を製作している。そもそもこのフィルムのサウンド・トラックに収録された1曲“Crooklyn”にブルックリン出身アーティストのスペシャルED、ブラック・ムーンのバックショット、マスター・エースの3人がクルックリン・ドジャース名義でフィーチュアされたのがすべてのはじまり。
舞台設定にブルックリンを選ぶことが多いスパイク・リーは翌年95年にもやはり同地区を舞台にプロジェクトでのドラック・ディーリングに纏わるフィルム『Crockers』を製作。このサントラにも“Return of the Crooklyn Dogers”という曲があり95年版クリックリン・ドジャースとしてチャブ・ロック、O.C.、ジェルー・ザ・ダマジャがフィーチュアされている。
フィルム内容や当時の時代背景もあり両曲ともに歌詞のテーマはすべてブルックリン。ア・トライブ・コールド・クエスト、DJプレミアが手掛けたサウンドもハードな作風になっていたのだが、9thワンダーによる今回の2006年版は果たしてどうなるのか。前2作同様リリースから10年を経ても褪せることのない1曲となることを期待したい。


The Crooklyn Dodgers feat. Special Ed, Buckshot and Masta Ace /
Crookyln


Crooklyn Dodgers '95 feat. Chubb Rock, O.C. and Jeru the Damaja /
Return of the Crooklyn Dodgers



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Cormega Speaks on Bringing Back the Boom-Bap




レーベルはもはやヒップホップ・カルチャーなんて気にしちゃいない。連中が気になるのは出世と金。だから皆オリジナルでいることよりも決まりきったやり方に流れちまう。彼らは先ずスーツを着てフレンドリーなR&Bを作り始めた。とんでもなくビジネスに傾倒しちまった。こんなのもうウンザリだ。プロデューサーたちはそのプロダクションにハイ・スピードなヴォーカルを使いはじめ、MCたちでさえ歌を歌う。まるでR&Bシンガーだ。オレらが愛したあの強烈なベースと808シットはどうしちまったんだ? DJが作り出すスクラッチはどうしちまったんだ? 今あるシットはもはやオマエたちを夢中にさせたりはしない。今はガキでもラップを聴ける。むかしは喧嘩したくなるようなアドレナリに満ちた曲がクラブでかかっていた。いま人々はそんなレコードを作ることにビビっちまってる。

ブーン・バップはマジで素晴らしい時代だった。まるでNBAのオールスター・ゲームを見てるような感じだ。今年、ギルバート・アリーナスはチームを優勝させた。むかしはジョーダンやバード、バークレイ級じゃなきゃオールスターの選手にはなれなかった。
ジェイZは一生スターでいることができる。なぜなら彼はフロウをもってる。今のヒップホップは誰がドープなフロウを持っているかがすべてなんだ。ラキムや(ビッグ・ダディ)ケインの時代はMCが曲で何を言っているのかが重要視されていた。今日、ワックMCを探すことは不可能だ。なぜならフロウがすべてだから。もしフロウを重視するなら、ヴァニラ・アイスはドープなフロウを持っていた。ファレルがファボラスとやったあのレコードで彼はヴァニラ・アイスが昔やってたフロウを使ってた。俺はその事実を知ってる。彼自身がオレに話してくれたことだから。メイスもドープなフロウを持っていた。でも、メリー・メルの「The Massage」はフロウではなく、彼自身が何を言ったかが重視されたそんなレコードだった。ナズは歌詞が重視されてた時代にいた最後のラッパーのひとりだ。もしオレがケインやGラップのA&Rをやっていたら、今のラッパーたちがやってることには便乗するな、と言うだろう。なぜなら、そうすることで彼ら自身の良さが失われてしまうから。連中は金銭的には潤ってる。でも、彼らが素晴らしいアーティストであるかぎり、連中は彼らに追いつけはしない。

KRSワンが『Return of the Boom Bap』を出したとき、彼はラップを少し前の段階に戻して、そこから新しい物を創作しステップ・アップしようとしているのかと思った。あの頃、多くのイースト・コースト・ラッパーたちがジャズ・サウンドに傾倒していた。そして、そこでは多くの実験が試されていた。そこにはGファンクもあった。さらにその頃、ブラック・ムーンもいた。彼らもブーン・バップだ。今の状況をみると、ヒップホップというアートフォームをリプレゼントしているすべてのアーティストは彼らが望むのと同等のリスペクトは得ていない。

もちろん、ブーン・バップを維持していくのはMCたちの責任でもある。多くのラッパーたちは皆度胸がない。皆ラジオに媚びている。カニエ・ウエストやリル・ジョンのビートを買い漁り、金は底を尽きている。DJプレミアやラージ・プロフェッサーなど、なぜオレたちがヒップホップに惚れたのか、そのサウンドを作り出した張本人である彼らに対して優先以下の扱いをしている。クレイジーなビートを作り出す無名の新人もいるのに皆が今ホットなプロデューサーを使いたがる。
すべてのアルバムでオレは新しいプロデューサーにリスペクトをみせてきた。オレはシャー・マニー、Jラヴ、エミルを自分のアルバムを通してインダストリーに紹介してきた。今は皆ビッグなプロデューサーになっている。が、オレは当時無名だった彼らのビートを聴き、そして彼らを起用した。

すでにオレたちは使えるものを使い尽くしてきてる。皆ラップの良き時代、基本を忘れちまってる。プロデューサーたちが使っているハイ・スピードのR&Bトラックはもうウンザリだ。
オレが『The Tstament』を作ったのは90年代初頭だった。いまオレはタイムレス、普遍的なクラシック・ヒップホップを作ろうとしている。『The Tastament』は今でも「聴ける」アルバムだ。10年近く経つがこのアルバムは今日皆が聴いてる典型的なレコードとは違う。彼らは皆決まりきったやり方をしているが、オレは他の誰かがやってるようなことに便乗したりはしない。

ラップはパイオニアたちを軽視してきた。オレはラージ・プロフェッサーに伝えた。彼はマジでドープだ。間違いなく彼をアルバムに入れる、と。彼は、マジかよ?って感じだった。多くの人たちが同じようなことを言うが、実際にオレと同じようなことをするヤツは皆無だ。オレとMCシャンが『QBs Finest』というアルバムをやったとき、オレは彼に、オレたちがやってるようなことはやらないでくれ。むかしアンタがやってたことをやってくれと伝えた。なぜなら、アンタがやってたことが今のオレたちを作ったんだから。アンタがやってるラップはタイムレスなんだ。時代遅れなんかじゃない。これは、オレがソウル・ミュージックを好きなひとつの理由にも通じる。なぜならそれはクラシックだから。マーヴィン・ゲイのアルバム『Whats Going on』は今から100年後でも聴けるアルバムだ。そこには(今も共感できる)重要性がある。

彼らがはじめにオールド・スクールという言葉を紹介したとき、それはかわいいもんだった。それはマジで楽しい時期だった。この言葉は年寄りがかつて使っていたスラングの一部だった。それは実際いとしいと思わせる言葉だった。しかし今、その言葉は冷やかしたり、嘲笑の対象になっている。今の若い連中は、なあ、彼はオールド・スクールだぜ、って感じだ。もし過去に流行ったジャージー(服)が復活したら、彼らはオールド・スクールなんて呼ばないだろう。それはヴィンテージかレトロなんて言葉で喩えられる。ジョーダン(スニーカー)が復活したら、誰もそれを見下げたりしないだろう。

オレがアルバム『Testament』と『True Meaning』を作ったとき、そこにはどちらが良いアルバムかディベートできるトピックがあった。そこで起こった議論はこの2枚のアルバムに対する賛辞だった。特に『Testament』は当初予定していた日にはリリースされなかった。とりあえず、今年そのアルバムはリリースされたが、もしあの当時リリースされていたら、それはクレイジーなことになっていたはずだ。今のオレの挑戦はこの2作を越える内容を次のアルバムで作ること。とにかく今のラップにはブーン・バップが欠けているんだ。

1992年、オレは「Sex, Drugs, B#tches, and Money」というレコードを作った。それはちょうどビギーの「Dreams of Fuckin an R&B B#tch」みたいな感じだった。結局アルバムは作らなかったが、皆その音楽をストリートで聴くことが可能だった。QBのプロジェクトでは大人気だった。グランドマスターVICはクイーンズのジャマイカでミックス・テープを作っていた。オレもそんな感じで曲を作っていた。オレはタフ・シティから出たPHDというグループの「Set It Off」という曲でやってる。このアルバムは『Without Warning』、91年にリリースされてる。

誰かがオレをマネようとすることは承知してるが、次のアルバム『Urban Legend』には、PMD、グランド・プーバ、KRSワン、ビッグ・ダディ・ケインとやってるトラックがある。これはオレの活動のなかで最高の功績だ。ブーン・バップ・レコードというだけじゃなく、マジで気持ちのいいレコードで、同時に先駆者たちへのオレなりの賛辞の仕方でもある。オレは彼らに、なんでもいいからとにかく16バースやってくれ、なんて頼んじゃいない。オレはただ、彼ららしくやってくれと話したんだ。そしてさらに、どのくらい彼らに感謝しているかも伝えた。このアルバムはオレ自身への挑戦でもある。3作目は重要なものなんだ。多くのアーティストが2,3枚に終始している。このアルバムはオレがこのゲームで生き残れるか、それとも去らなきゃいけないのか、それを証明する1枚になるだろう。だからオレは相当ハードになってラウドなブーン・バップを今に蘇らさなきゃいけない。皆のスピーカーをブチ壊すほどラウドな音だ。理解できない連中は文句を言えばいい。感じれるヤツらはリスペクトしてくれ。

本稿は「Elemental Magazine」68号に掲載されたオリジナルの英文記事を日本語に翻訳したものです。 本原稿は発信元の4Sight Media Relation,inc.を通して当ウェブサイト上での記事掲載を許可されています。

翻訳協力/Lou Hellman


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